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5年たって
2011 / 06 / 15 ( Wed )
妊娠中に「赤ちゃんの心臓が右を向いているように見える。心臓病かもしれない」と言われたあの日から5年たった。
あの日のことを今でも鮮明に覚えている。
たぶん、これからもずっと忘れないと思う。

けんちゃんの病気を見つけてくれた産婦人科医のT医師とは今では年賀状でけんちゃんの元気な姿を報告するだけになってしまったが、感謝の気持ちはかわりない。
かわりないどころか、現在のけんちゃんの元気な様子を見るにつけ、感謝の気持ちは増しているぐらいだ。

お腹の赤ちゃんの病気を、しかも「重度の心疾患だ」と告げられたときにはもう、将来が全く見えなかった。
フォンタン手術を乗り越えて幼稚園に通っているだなんて、すごいよね。
タイムマシンがあるなら5年前に戻って、泣いている自分に「大丈夫だよ、5年後にこの子は元気に幼稚園に通っているよ」と声をかけたい。

幼稚園にもずいぶんと慣れて、先日ははじめて延長保育も体験。
普段は14時にお迎えのところ、16時半まで預かってもらった。
おやつが、かにパン・ラムネ・おせんべいと豪華だったらしく(延長保育1回につき700円也)本人は「またやる!次はいつ?」と張り切っている(笑)

お友達と一緒に走っている姿を見ると、やはり健康な子のスピードについていけてないなーと思うけれど、本人はまだあまり気にしていない様子。
個人面談での先生の話によると、室内での好きな遊びはおままごと、外遊びでもお砂場でのおままごとがお気に入りでおとなしく遊んでいることが多いけれど、いたずらをして怒られたり、調子こいて先生の注意を無視して怒られたりということもらしい(笑)
私の知らないけんちゃんの「外の顔」があるんだなと実感。

そうそう、書きそびれていたけれど、個人面談のときに例の「救急カード」を先生に渡しておいた。
「万が一のときに救急隊員にこれを渡せば、けんちゃんの病気のことが書いてあるのでスムーズだと思います」と言って。
そこで改めて、例えばけんちゃんが頭を強打するようなことがあったときの連絡について、

はじめは自宅に電話

留守だったら、私の携帯に電話

つながらなかったら、病院に電話して主治医の指示を仰ぐ
もしそこで「じゃあ救急車で連れて来てください」と言われたら救急車を呼んで救急隊員にこのカードを見せて「こども病院の主治医と話しがついているから、こども病院に搬送してほしい」と言う

という段取りを確認し合うことができたから、やはりこのカードを作成して渡して正解だった。
あとは、実際にこのカードを使う機会がないことを祈るばかり。

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01 : 49 : 35 | 母のつぶやき | トラックバック(0) | コメント(6) | page top
こういうときこそ
2011 / 03 / 26 ( Sat )
いつも通りの生活をしていきたいと思っているのに、周囲の状況がそれを許してくれない。

京都の夫の実家からは頻繁にこちらの状況を心配する電話がかかってくる。
「みんなでこっちに来なさい」と。
25日で小学校も終わり春休みに入った。
それまでは
「まだ学校があるんで」と言い、いまは「来週けんちゃんの病院があるんで」と言ってのらりくらりとかわしているが、お義母さんに言わせると
「そんなこと言ってる場合じゃないでしょう!」と^^;
まぁそれもわかります。
心配してくれるのもありがたいと思っているし、例えば「大人も水道水を飲んではいけません!」ぐらいの非常事態になったらとりあえず夫の実家に頼るしかないかなぁと思っている。
(私の実家は長野なので、避難してもあまり意味がなさそうだから)

実は小学校でも、計画停電がはじまった頃から西日本方面の実家や親戚宅にいってしまった子がクラスに数名ずついた。

コープさんの宅配は欠品だらけ。
今週はお米も牛乳も届かなかった。
近隣のスーパーでは徐々に品薄状態が解消されつつあるから入手困難なわけではないけれど、こういう重たいものはいつもコープさんに玄関まで届けてもらっているから、わざわざ買いに行って持って買ってくるのが億劫で。。。

計画停電と重なってしまって、かかりつけの歯科医院でのフッ素の予約が2回連続キャンセルになったり、車の定期点検の予約を変更したり。

なーんか、疲れちゃうわっ。
一応、家族の前ではいつも通りのお母さんを装って「お母さんは原発よりもいまは人工芝の吟味と幼稚園グッズ作りに夢中♪」というフリをしているが(笑)本当はネットにあふれる情報をいちいちチェックしまくっている。

あ、ちなみに人工芝って?と思われた方のために説明しておくと、うちのお庭で子供たちが毎日のように「イナズマイレブンごっこ」をするために、芝生がズルむけになってしまい土がむきだしの状態なのです。
このままでは見た目もよくないし、乾燥すると土埃が舞って周りに迷惑をかけてしまうから芝生をはりなおさないといけないのだけれど、天然芝だとまたすぐにはがれる。
かといって子供たちに「庭あそび禁止」を言い渡すのは、本来子どもと犬が遊べるようにと庭つきの住戸を選んだ当初の目的とズレるのでできれば避けたい。
ということは、人工芝だ!
というわけです。
人工芝、見た目がリアルな物はお値段が相当よろしいので、かなり迷っている。

もしいま、精神的に疲れはじめているこの状況で夫に「オレの実家にみんなで行け」と強く言われたら行ってしまうかもしれない。
結局転勤にはならなかったのだけど(大きな人事異動になると噂されていたのが今回の大地震の影響で小規模の異動になったらしい)もし西日本方面に引っ越すことになっていたら、来月に控えている三男のヘルニアの手術だとか、けんちゃんの病院のことなど二の次でそそくさと荷造りを始めていたかもしれない。

でもそうならないってことは、いまはまだここで普通に生活していて構わないということなのだと信じて、心穏やかに人工芝の比較にはげむことにする。
きれいなお庭にしちゃうよー、みてろよ!(誰に向かって言ってんだ?)

こういうときは、事情がよくわかっていない三男とけんちゃんの無邪気な笑顔に癒される。
行動を起こす人も起こさない人も「我が子の明るい将来のために」と願う親心は一緒だと思う。

03 : 02 : 32 | 母のつぶやき | トラックバック(0) | コメント(6) | page top
病気の自覚
2010 / 08 / 12 ( Thu )
守る会のキャンプでのこと。
1日目の夕方に親と子供たちそれぞれに分かれて交流会があった。
私はけんちゃんと三男を連れて親の集まりのほうに参加していたのだけど
けんちゃんが3分ほどでもう飽きてしまって
「向こうに行く!」と言い出したので、子供たちの部屋のほうに連れて行った。
そこでは子供たちが輪になって座って、真ん中にY医師がいて、ひとりひとり自己紹介をしていた。
ドアのそばに、Y医師と一緒にキャンプに参加していたオペ室の顔なじみの看護師さんがいたから、けんちゃんを託して親の交流会へ戻ろうとしたら「行っちゃダメ」とぐずぐず。
じゃあ向こう(親のほう)に一緒に戻ろうと言っても嫌がってぐずぐず。

夕飯前の一番眠い時間帯で、そのせいでぐずっているのだとわかっていたし、けんちゃんのために参加したキャンプなんだから本人が望むようにしてあげようと思って、私も子供たちの輪の外に座って子供たちの自己紹介を見学。

一通り自己紹介が済んだ後、Y医師が
「じゃあ次はまた一人ずつ、知っている範囲でいいから自分の病名と、将来の夢を話してください」と。
これがなかなか「そっかー」と思うことがあって、思わぬ収穫(?)となった。

何かと言うと、小学生ぐらいだと高学年らしき子でもまだ自分の病名をよく知らないということ。
たいていの子が「心臓病で、小さい頃に手術をしたから胸にその傷が残っている」とだけ。
「聴診器で先生がもしもしするのは、何をもしもししているか知っている?」という質問に対しても
「・・・・・?」というかんじ。

10歳ぐらいになったらもう自分の病名ぐいらは知っているのかと思っていたら、そうではないんだね^^;
小さいころから親に連れられて定期的に通院するのが当たり前で、心電図・レントゲン・計測・聴診もルーティンで、「何でこんなことやってんだ?」と疑問に思うこともないのかな。
それだけまだ素直な年齢だってことかしら。

最後にY医師が
「これから先、中学生ぐらいになる頃には自分の病気のことをもっと詳しくお父さんやお母さんに聞いてみて覚えておいてください。
さらに高校生・大学生になったら、一人で病院に通うこともあるかもしれません。そのときに先生ときちっと病気の話ができるように自分の体のことを知る勉強を少しずつやってみてください。
胸の傷はきみたちが頑張った証です。
自分は強い子なんだという自信を持って、これからもいろんなことに挑戦していってください」
とまとめていた。

私もいつか、けんちゃんに病気のことを真面目に語る日がくるだろう。
本人が何か聞いてきたら話そうと思っているけれど、男の子だし、放っておいたらいつまでたってもそんな日が来ないかも!?
でも高校生ぐらいになったら、お母さんに連れられて病院に行くのも恥ずかしいだろうね。
「離れて歩け」とか言われそう(笑)
親としては子供はいつまでたっても子供のままだから、病院にはいつまでもついていきたいし、子供を差し置いて先生にあれこれ質問もしたいけれど、いつかは親離れ・子離れしないといけないんだ。

小学校低学年ぐらいまでは
「自分は心臓病。だから定期的に病院に通って心臓が元気かどうかみてもらっているし、元気に過ごせるようにお薬を飲んでいる」
でいいと思うけど、それ以降は少しずつ教えていったほうがいいのかな?
それとも中学生になって理科で心臓の構造を習う頃に教えてみようか?

ちなみに、けんちゃんとスムーズに会話できるようになったら一度聞いてみよう!と思っていた質問を、3ヶ月ほど前にしてみた。
「ねぇけんちゃん、けんちゃんは自分が病気だってこと知ってる?」と。
そしたらけんちゃんが
「うん」と頷いてTシャツをめくりあげて
だからお腹切ったの。痛かったの。
けんちゃん病気だから納豆食べちゃいけないの
」と。
なんだ、わかってんじゃん。とちょっと感心した。

ただそのあとに
でも病気が治ったら納豆食べていいんでしょう?」と聞かれてしまった。
病気が治ったら・・・というけんちゃんの言葉に胸が痛んだ。
普段、風邪をひいたときなどに「風邪が治って元気になったらまた公園で遊ぼうね」と言い聞かせているから、けんちゃんにとってはそれと同じノリなのだろう。
納豆に関してはいつかワーファリンを飲まずに済む日がくるかもしれないけれど。
「どうかな~?けんちゃんがY先生とちゃんとお話できるようになったら、自分で聞いてごらん^^」と逃げてしまった私。はぁ・・・


01 : 09 : 29 | 母のつぶやき | トラックバック(0) | コメント(6) | page top
今年を振り返って
2008 / 12 / 29 ( Mon )
2008年も残すところあとわずか。
みなさんにとってはどんな1年でしたか?

我が家は今年も、けんちゃん中心の1年だったかな。
フォンタン手術が延期になったまま日程が決まらず、もんもんとした気持ちで新年を迎え、やっと連絡が来たと思ったら風邪でまた延期になり
ようやくフォンタン手術を受けたのが3月初旬。
やっとここまでと安心する間も与えてくれずに術後のさまざまな合併症に悩まされて、術後23日目に退院できたものの、在宅酸素は継続に。
夏の暑い中、胸骨の膨隆を抑えるためにプロテクターを頑張って装着。
11月のカテーテル検査後、酸素がやっと終了。
ほっと一息ついたところです。

今年は
外来が14回(心臓血管外科7回・循環器内科7回)
入院が3回(術前検査・フォンタン手術・カテーテル検査)
なんかもっと頻繁に病院に通ったような印象があるけど、それは術後に毎日面会で通っていたせいかな。
来年はもっと病院と疎遠になりますように(* ̄m ̄)


今年も天国へ旅立っていったお友達がいます。
訃報を聞くたびに、何で?どうして?と涙を流し
「大丈夫。がんばろう!」と励まし続けた自分の言葉が果たして適切だったのだろうかと自問自答します。
これからも、あたりまえの日常が最上の幸せであるということに感謝しながら、けんちゃんとともに命の輝きを見つめていきたいと思います。
厚かましいお願いではあるけれど、この先のけんちゃんの生き様を天国から見守っていてほしいです。


それではみなさん、どうぞよいお年をお迎えください!
15 : 17 : 24 | 母のつぶやき | トラックバック(0) | コメント(14) | page top
完治?根治?
2008 / 12 / 12 ( Fri )
「完治」っていうのは「その病気が二度と再発しないこと」を意味するらしい。
「根治」もそうなのか?

心臓病の根治手術っていうのは、心臓を修復すること。
穴があいていれば塞いで、塞がっちゃいけないところが塞がっているなら開通させて、狭いところを広げて・・・と、心臓の4つのお部屋と血管がそれぞれ本来の役割どおりに働けるようにする手術。
これが「解剖学的根治手術」。
これに対してフォンタン手術というのは、心臓が本来の役割に戻ったわけではない。
けんちゃんはこれからもずっと単心室・単心房のままだし、肺動脈と上下大静脈はもはや心臓と直接つながってはいない。
心臓は「左心」の役割しか果たしていない特別な循環。
でも、チアノーゼはとれた。
だから、フォンタン手術はちょっと特別で「機能的根治手術」といわれている。

最近はフォンタンに限らずほかの術式でも「根治手術」という言葉は使わずに「心内修復手術」とか「最終手術」という言葉を使うことが多いとある本には書いてあるけれど、そんなことないよねぇ。
先生たち、フツーに「根治、根治」って言っているような気が。
しかも都合のいいときだけ(* ̄m ̄)
フォンタン後の退院のときに、シナジスを打ってもらいたかったのに「根治手術が終わったので必要ありませんし適応外です」と外科のK医師にバッサリ言われたときには「酸素もお持ち帰りで、こんなに弱りきっててこれのどこが『根治』だよっ!フォンタン終わったってだけじゃん!」と腹が立ったし、幸いにして感染せずに済んだけどあの状態でもしRSウイルスに感染したらかなりヤバかったんじゃないかと今でも思う。

「根治とはなんぞや」とか「完治と根治の違い」とか、そういうヘリクツっぽい話をしたいわけじゃなく(してるだろって?)
酸素を卒業して、ベビーカーもようやくA型からB型に変えた(ボンベを積む関係上、安定しているA型ベビーカーをずっと使用していたのです。いまどきはAとかBとか分かれていないやつが主流だけどね)ことで、お姉ちゃんの幼稚園のお迎えのときに
「あれ?なんかけんちゃんいつもと違くない?」
「ほっほっほっ、酸素卒業したのよ~♪」
「あ、ほんとだ!よかったねー!!」
というやりとりを、もう何回やっただろう(笑)
けんちゃんはずっと酸素をしていたから、病気を隠せるわけもなくいろんな人が知っていて、お友達だけじゃなく近所のコンビニの店員さんにまでいつも応援してもらったり、たくさんの方々におめでとうと言ってもらえて、ほんとにありがたい。
ありがたいのだけど、必ずそのあと言われて返答に困る質問があるのだ。
「もう完治したの?」
「もう病院に行かなくていいの?」
「もうすっかり大丈夫なの?」

こういうとき、何と答えたらいいのだろう?
まじめに答えたら
「これから先もずっと完治なんかしない病気なのよ」
「これからもバリバリ病院の常連よ」
「お薬や検査とさよならできる日なんてこないのよ」
なんて、言いようによってはドン引きされそうだ。
向こうも深い意味があったり根掘り葉掘り聞きたくて言っているのではないのだろうから、「うんそうなの!」とこちらも適当にノリで答えておけばいいのかもしれないけど、どうしてもそう言えない私は
「まぇ、とりあえずは・・・ね。通院の回数も減るはずだし」
と、なんともビミョーな返事をしてしまう^^;

同じ幼稚園でけんちゃんと同じ科に受診しているお子さん(といっても、年に1度の受診だけど)のママはさすがに事情をある程度御存知で「よかったね。また一歩前進だね」と、その言葉になんだかホッとした。

これから先もずっとメンテナンスが必要な病気。
それは出産前からすでに説明を受けていたことで覚悟もしていたけど、あのとき聞いた「機能的根治」という言葉に対して思い描いていた印象は、今とはずいぶんちがうなぁ。
何が不満なのだと聞かれても何も不満はないのだけど、不安ならいくらでもある。
フォンタンも終わった、酸素も取れた、胸骨の出っ張りもキレイにおさまった、けんちゃんは毎日元気に笑顔で過ごしている、目標を全部クリアして万々歳じゃないか、そのことに感謝しなきゃ♪と思う一方で、カテの結果を受けてさっそく追加の検査(肺血流シンチ)の予定が組まれた、ただそれだけで心に波が立つ自分がいる。
それとも、このなんとなく落ち着かない状態なのは来月のシンチ検査のせいではなく、目標を失ってしまったことにあるんだろうか、とちょっと思ってみたり。
あるいは年末で気忙しいだけ?(笑)

10 : 53 : 43 | 母のつぶやき | トラックバック(0) | コメント(22) | page top
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