FC2ブログ
スポンサーサイト
-- / -- / -- ( -- )
上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。
-- : -- : -- | スポンサー広告 | page top
グレン手術後初の外来
2006 / 12 / 31 ( Sun )
生後3か月と29日目。グレン手術後18日目。
身長:58センチ 体重:4690グラム

退院後、初の外来。
そして、大晦日。
さすがに、大晦日の病院は静まり返っている。
病院がお休みの日の「外来」は、予約してあるものであっても「救急外来」の診察室で診てもらうことになっている。

計測とレントゲンを終え、採血は医師にやってもらうとのことだったので、執刀医のA医師を呼んでもらった。
A医師は白衣の胸ポケットに、お土産のキューピーちゃんのストラップやビーズのくまちゃんなどをジャラジャラ付けているので(これが顔に似合わず、いつも気になって仕方ない^^;)、今日みたいに病院が静かな日には診察室に入る前にジャラジャラの音で「お、A先生来たな」とわかるのが笑える。

たいてい、採血は手の甲か足の甲から行っているけれど、入院中さんざん採血や点滴をされていたので、両手両足とも甲は紫色に内出血していて血管が見つけにくくなっていた。
けんちゃんの腕を見たA医師は「うーん、太ってますねぇ。肘からは無理だな」と言って次に足を見て「やっぱり太ってますね・・・・・じゃあ、首だな」と言った。
首から採血!?Σ( ̄□ ̄;)
すごく痛そうなんですけど・・・・
でも、けんちゃんが激しく抵抗してあごをひいて首を覆い隠してしまい(笑)首からの採血も断念。
最終的に、右太ももの付け根あたりからの採血となった。

血液検査の結果が出揃うまで診察。
サチュレーションは72%。ちょっと低いけど、まぁいいでしょうとのこと。

「ミルク制限してたっけ?」と聞かれたので
「1日800です。完全母乳なので正確な量はわからないんですが、けんちゃんが入院している間に分泌量が減っていたので、たぶん1日800も出ていないと思うんです。だから、好きなときに好きなだけ飲ませています」と答えた。
きっと、こんないいかげんなことをしていると、心臓血管外科のほかの医師や循環器内科の主治医のY医師なんかには「それじゃちょっと・・・」と言われそうだけど、A医師ならそれを許してくれる気がしたので正直に答えてみた。
A医師は期待通り「うん、それでいいです」と笑って言ってくれた♪

胸のキズのうち、一番上と真ん中の2箇所のかさぶたが大きく、そのかさぶたが取れると糸が出てくる恐れがあるとのことで、抜糸することとなった。
キズを縫い合わせている糸は溶ける糸なので本来抜糸の必要はないが、体の表面に出てきてしまうと、その糸を伝ってバイキンが体内に侵入してしまうので、そういう場合には抜糸するとのこと。
ピンセットでかさぶたをはがし、糸をほじくり出してハサミでチョキッ、チョキッと切ってもらった。
消毒薬を塗って、キズ全体を覆う大きなガーゼを貼って終了。
けんちゃんはもちろん大泣き&大暴れ。
押さえつけるのに苦労した^^;
結構出血したし、かなり痛かったんだろうな。
丸1日たってからガーゼをゆっくりはがしてみて、キズが乾いていれば
入浴OKとのこと(でも長風呂は禁止)。
ガーゼがくっついている可能性があるので、勢いよくはがさないようにね、と言われた。

血液検査の結果がなかなか出ないので(凝固テストに時間がかかることと、検査室の人員が今日は少ないため)、A医師は一旦病棟へ戻り、私とけんちゃんは救急外来診察室の奥にあるベッドを借りて待たせてもらうことになった。
携帯の酸素ボンベの残量が心配なので、ベッドに備え付けてある酸素に付け替えさせてもらった。
授乳したり寝かせたりして待っていたが、1時間待ってもまだ検査結果が出ない。
救急病棟の看護師さんが気を遣ってくれて何度も検査室に電話をかけてくれた。

凝固テストの結果が出ないと、ワーファリン(抗血液凝固剤)の処方量が決められないので、「結果についてはまた今度」というわけにもいかない。
やっと検査結果が出たと思ったら、今度は予約ではない本当の救急外来の患者さんが来て、それが心臓血管外科にかかっている子だったので、A医師がそちらにかかりっきりとなり、ようやく血液検査の結果を聞けたのが16時だった。
11時過ぎに自宅を出て病院に到着したのが12時半、診察が全て終わり薬をもらって病院を出たのが16時半。
自宅に着いたのが17時半。長かった(;´▽`)=з

スポンサーサイト
14 : 15 : 35 | 闘病&成長記録 | トラックバック(0) | コメント(0) | page top
やっと退院!
2006 / 12 / 28 ( Thu )
生後3か月と26日目。グレン手術後15日目。
身長:54センチ 体重:4630グラム

6日ぶりに病院へ。
1週間前よりお顔がしっかりしたかも~♪

紙おむつも衣類も足りなくなり、病院のものを借りていた。
みなさんに「御迷惑・ご心配をおかけしました。おかげさまで家族みんな元気になりました」と頭を下げた。
医師たちはまじめな顔で「回復されてなりよりです」と言いながら、目は明らかに笑っていた(笑)

心臓血管外科の医師から、自宅での注意点などの説明を受けた。
またワーファリンを服用することになった。
「今回の手術は、人工物を使わずに自己心膜を使ったと聞いていますが?」と聞いたら「その通りです。でも、血液をさらさらの状態に保ちたいので、ワーファリンも飲んでください。前回の手術の後のように、飲み忘れたら大変なことになる(人工血管が詰まる)ってことはないんですけどね」と言われた。

医師と一緒に胸の創を見て、「キズの周囲の赤い範囲や腫れがこれ以上広がるようなら感染の恐れがあるのですぐに連絡して連れてきてください」とのこと。
入浴は普通にしてかまわないが、創を強くこすったりはしないようにとのこと。

自宅で服用する薬は
ワーファリン(抗凝固剤)・アスピリン(抗血小板剤)・ラシックス、アルダクトン(利尿剤)・ドルナー(血管拡張剤)・フェノバールエリキシル(鎮静剤)
なんだかいっぱい^^;
あと、入院中便秘気味だったので、浣腸用のグリセリンももらった。

病院の外来は今日が年内最後で、年始は1月4日からだが、それでは間が空きすぎるので、12月31日・1月1日・2日のいずれかに一度外来に来て欲しいと言われ、31日に来ることにした。

荷物をまとめて、携帯用の酸素ボンベも持って、けんちゃんをスリングで抱っこして・・・重たかった。
これからはお出掛けのときにはいつもこのボンベが一緒なのかと思うと、なんだか面倒(;´▽`)=з
15 : 06 : 17 | 闘病&成長記録 | トラックバック(0) | コメント(0) | page top
明日こそ
2006 / 12 / 27 ( Wed )
22日、病院から帰る途中におばあちゃんから携帯に電話があり、娘が昼過ぎから嘔吐と下痢を繰り返しているとのことΣ( ̄□ ̄;)

急いで帰宅して、かかりつけの小児科の診察終了時刻ぎりぎりですべりこみ診察してもらった。
ノロウイルスではないが、似たようなウイルス性腸炎とのこと・・・
まず嘔吐を止めないと水分の補給も服薬もできないので、吐き気止め(ナウゼリン)の座薬をその場で入れてもらう。

まだ吐くようなら8時間後にもう一度座薬を入れるようにとのことで、座薬のナウゼリンを2錠、吐き気がおさまっていたら翌朝から食前に服用するようにとのことでナウゼリンとミヤBMの散剤を1日3回4日分もらった。

脱水症状にならないために水分補給を心がけなければならないが、一度にたくさん飲ませると吐いてしまうため、イオン飲料を10mlからはじめて、様子をみながら量を増やしていき、多くても1度に50mlまで。
食事は翌朝から、繊維質・乳製品・刺激の強いものを避けおなかにやさしいものを少量から与えるようにとの指示を受けた。

小児科から帰宅して、けんちゃんの病院に電話をして、家族がウイルス性腸炎にかかったことを報告した。
心臓血管外科の医師に「潜伏期間が1~2日なので、その間はお母様も面会にこないでください。24日の退院はこの分じゃムリかな~。とりあえず、24日の朝に電話ください」と言われた。

娘は翌朝にはずいんぶん元気になっていて、食欲こそまだないものの、普通に起き上がって遊べるようになった。
私が珍しく1日中家にいるのを喜んでいる様子だった。
思いがけず「お休み」をもらった形になったので、年賀状を書いた。

そして、24日の早朝。
おばあちゃんが吐いた。夫は下痢。
私とお兄ちゃんは発熱と軽い腹痛・・・・つまり、家族全員にうつってしまったのだ。
夫が病院に電話して、この状況を報告。
全員元気になった時点でまた連絡することとなった(涙)
とんだクリスマスになってしまった。
でも、我が家でウイルス性腸炎が猛威をふるうのが、けんちゃんが退院する前でよかった。

12月26日、全員回復したので病院に電話。
回復してからさらに1~2日様子をみたほうがいいとのことで、退院は28日
ということになった。
けんちゃんの状態は落ち着いていて元気とのこと。

早くけんちゃんに会いたい。
明日こそ、退院できますように!!




11 : 17 : 34 | 闘病&成長記録 | トラックバック(0) | コメント(4) | page top
酸素濃縮装置
2006 / 12 / 21 ( Thu )
生後3か月と19日目。グレン手術後8日目。

ヘパリンが取れ、残る点滴はプレセデックス(1時間に0.5ml)のみとなった。
ミルク制限は1日500mlに。

けんちゃんも徐々に調子がよくなってきたらしく、表情がずいぶんやわらいできた。
今まで、酸素の吸入量が毎分2リットルだったのを1リットルに下げてみた。
これでサチュレーション75%以上を保てれば、在宅酸素も毎分1リットルでOKとのこと。

ミリスロールの点滴にかわって同じく血管拡張作用のある薬(ドルナー)を服用はじめたが、その量を段階的に増やして様子を見ている最中であること、酸素の量をどうするか、ミルク制限をどれぐらいにするか、などの問題がクリアできれば退院できるとのこと。
「早ければ24日の日曜日に」と言われた。やった!

退院の前に「シナジス」を注射することになった。
(シナジスの詳細はこちら → click!

自宅でも酸素を使わないといけないので、心臓血管外科のN医師から「在宅酸素療法」の説明を聞いた。
・入浴中ははずしてかまわない
・就寝中など、カニューラが鼻の上や口の下に引っかかってあまり意味のない状態になることもあるが、酸素が届かなかったらすぐにどうこうという状態ではないので、神経質になりすぎなくていい
・カニューラは月に1度は新しいものに交換する
・保護者の申し出があればいつでも酸素療法を中止することができ、それ以外の方法で最善の治療を尽くすことをお約束する
・保険適用なので月に1度は必ず受診すること

「けんちゃんの場合はサチュレーション(血中酸素濃度)が低めなので、酸素の必要性が高いけれど、そうでない子でも、グレン後は在宅酸素になる子が比較的多いです」とのこと。
理由は、酸素をしているほうが肺動脈が広くやわらかい状態を保てて、次のフォンタンがやりやすくなるからなんだとか。

先日、執刀医のA医師からは「最低4ヶ月は酸素することになります。体がグレンの循環に慣れてきてサチュレーションが劇的に回復することがあれば外せる可能性も」と言われていたので、その点をN医師に尋ねてみたら
「んー・・・次のフォンタン手術までずっとつけることになると思います。普通は」とのこと。
ってことは、仮にフォンタンが1年後になったら、これから先1年間ずっと酸素なのか・・・ま、いいか。

酸素のレンタルをしている業者からの説明も聞き、夜にさっそく自宅に「酸素濃縮装置」と「携帯酸素ボンベ」を届けてもらった。
電動で、空気を吸い込んで窒素を吸着し、酸素だけを取り出すという機械らしい。
大きさは空気清浄機ぐらい?そんなに大きくない。
この機械にチューブとカニューラをつないで生活することになる。
外出するときは「携帯酸素ボンベ」につないでお出掛けすることに。

「携帯酸素ボンベ」1本で、毎分1リットルの酸素を使うと、380分で中の酸素がなくなってしまう。
これがもし2リットルになると当然半分の190分。
そんなに短いんじゃ、お出掛けもままならない。
まして病院の外来は、往復の時間と待ち時間を考えると380分でもどうかと思うのに190分じゃ確実に足りなくて2本持っていかないといけなくなるじゃないか!
どうか、毎分1リットルで退院できますように。

あとから、レンタル料を聞くのを忘れたことに気づいた。
保険適用とのことなので、1歳までは自治体の乳児医療証を利用して無料だけれども、1歳を過ぎたら?
酸素療法をしていたら「小児慢性特定疾患」の重症認定が受けられて、月々の自己負担がゼロになるという制度がある。
ってことは、何にせよ在宅酸素をあとどれだけ続けてもお金はかからないってことだ。
あまり喜ばしいことではないけれど^^;

【追記】在宅酸素は毎月保険点数が8000点であることが判明。
(人によってちがうかもしれないけど)
使った量に関係なく毎月同じ。
12 : 39 : 13 | 在宅酸素 | トラックバック(0) | コメント(2) | page top
ICU症候群
2006 / 12 / 20 ( Wed )
生後3か月と18日目。グレン手術後7日目。

ラシックス(利尿剤)とミリスロール(血管拡張剤)が取れて、点滴はヘパリン(血液凝固防止剤)とプレセデックス(鎮静剤)のみになった。
でも、ミルクはまだ1日300ml・・・

そして今日、術後はじめて笑ってくれた!
今まで鎮静剤で「酩酊状態」だったことに加え、ICUにいた影響で、抱っこしてあやしても表情がほとんどなかった。
いわゆる「ICU症候群」ってやつだったのかな。

ICU症候群とは、ICUで外界と切り離され、様々な制約を受け、体の自由もきかず、苦痛を伴う処置をされることにより、精神的に不安定になること。
夜間でも完全に暗くならず看護師や医師が行きかう室内や、単純な機械音を24時間聞かされる影響で時間の感覚を失うことも多い。
この症状は手術後ICUに入院中の患者に多いことからこの名前がついたらしい。


けんちゃんがお世話になっている病院は、面会時間が22時までだが(夜間の親の付き添いは原則なし)、BTシャント手術直後、家族仮眠室に泊まったときは特別に夜中の面会を許してもらっていた。
午前1時に面会のためにICUに入ったとき、照明は半分消されていたけれど、それでもまだ十分明るかったし(そうじゃないと処置できないから)、医師もまだかなりの人数いて、エコーをしていたり処置していたりと慌しく動き回っていた。
そして、人工呼吸器の「シュコー プシュッ」という音やモニターの「ピッピッピッ」という音だけが響いていた。
あちこちのベッドでモニターの警報音が鳴ることもしょっちゅうだし。
ICUの性質上それは仕方のないことだけれど、もし私自身が患者としてこの状況におかれたらどうなるだろう・・・私も間違いなく精神的に不安定になるし不眠にもなるだろう。

まだ3ヶ月の赤ちゃんですら、その症状が出てしまうのだ。
よく頑張ったね。
けんちゃんの笑顔を見て、早く自宅に連れて帰りたいと強く思った。
退院したらたくさん抱っこして、思う存分おっぱいを飲ませてあげたい。

【ICU症候群に関する覚書】
参考文献として、『心臓外科エキスパートナーシング 改訂第3版』(龍野勝彦著 南江堂)をもとに
こちらの本では大人のICU症候群について触れてあるのだけど、なるほど!と参考になることがたくさんあったので、ここに書き留めておこうと思う(著作権法違反にならない程度で^^;)

<ICU症候群の症状>
・不眠・不安を強く訴える
・意味不明または同じ内容の言葉をくり返し言う
・医療・看護を拒否する
・呼びかけや刺激に反応しない
・暴れる、または体を硬直させる
・点滴経路やドレーン、気管チューブを引き抜く
・ベッドから降りようとする
・看護師・医療従事者に暴力を振るう

これらの症状は、ICUにおける種々のストレスに対して、患者の精神脳機能の適応限界を超えたために生じたもので、恐怖からの逃避の行動である。

・ICUで患者が苦痛に思うこと
「昼夜の区別がつかない」30%
「呼吸管理」15%
「医療者の談笑・笑い声」15%
「何をされているかわからない不安」10%
「医療者が頻回に黙って手足をさわる」10%
「監視されている」10%
「子供の泣き声、警報、ラジオの音」5%
「その他」5%

いったん発症した後の本症候群の治療はきわめて困難。
安全確保のため鎮静剤の増量を余儀なくされる場合が多いが、これにより手術の回復の遅れや新たな合併症の恐れを有するというジレンマがある。
多くの場合、丁寧な看護を継続しつつ、原疾患の回復を待つことが大切で、医療スタッフの根気よい献身的対応にかかっているといえる。
ICU症候群は、発症してから看護・治療するのではなく、あらかじめきめ細かい予防策を講じることが重要。(引用おわり)

たしかに、ICUはベッドの配置などがものすごくオープンとなっていて、隣のベッドの患者さんの関することを話している医師の声や、電話のやりとりも丸聞こえ。
ヘタすると、オペ室に移動できないままお隣のベッドでいきなり緊急オペが始まることもあるし(この場合はたいてい、周辺ベッドの面会者は「あとでお呼びしますので」といって追い出される)
もうほんとにドキドキハラハラで、ただ面会に来ているだけでも落ち着かないし怖い・・・
そして、医師や看護師の談笑。
これ、たしかに腹立つね、言われてみれば!
けんちゃんがICUにいたときもあったなぁ。
看護師さんたちの大爆笑が休憩室から聞こえてきたり、医師たちが明らかに仕事とは関係ない話でこづきあって笑っていたり・・・
逆にそれで場が和むこともあるんだけどね、切羽詰っている状況だと「こっちがこんなに大変なのに、おまえらヤケに楽しそうじゃないか」とひがんでしまうものなのですよ。
医療従事者のみなさま、もしこの記事を読むことがあったら肝に銘じましょうね。
ICU症候群の予防には、患者の立場に立ったきめの細かいケアと十分な説明が必要なのだと思いました。
10 : 28 : 04 | 闘病&成長記録 | トラックバック(0) | コメント(4) | page top
あなどりがたし左上大静脈
2006 / 12 / 19 ( Tue )
生後3か月と17日目。グレン手術後6日目。

チアノーゼが再びひどくなっているような気がする。
サチュレーションは2Lの酸素チューブを付けて80前後。
厳しい水分制限のために機嫌も悪い。
すこーしずつ回復しているのだろうけど、ほんとに「すこーーーしずつ」というかんじ(それでも回復してきているんだからマシか・・・)

執刀医には「普通のグレンとは違うから」と言われていたが、それでも「グレンは回復が早いよ~」と、お友達のママさんにも看護師さんたちからも聞いていて、私もそうなるものだと思っていた。
クリスマスまでに余裕で退院できると思っていたのに・・・

それがこんなにもグダグダ&フラフラになってしまった理由について、勝手にあれこれ考えてみた。

普通のグレンとの一番の違い、それはやっぱり左上大静脈遺残だと思う。
通常、上半身から心臓に還ってくる血は最終的に1本の太い「右上大静脈」を通っている。
それが、けんちゃんの場合は2本に分かれている。
「右上大静脈」と「左上大静脈」に。

左上大静脈は、胎児期の心臓の進化の過程で右上大静脈と一緒になる。
それがけんちゃんは「原始的な心臓」のまま生まれてきてしまったために、左上大静脈も残ってしまったのだ。
これが「左上大静脈遺残」。

前回のBTシャント手術の後、右上大静脈に入れていたカテーテルの影響で血管が炎症を起こして詰まってしまったのも、右上大静脈が普通の子に比べてとても細かったから。
そして、左上大静脈にしても、普通の子の右上大静脈に比べると細いらしい。
細いと中心静脈圧も当然高くなってしまう。
それではグレンの循環がうまく成り立たない。

それでこんなにグダグダになったのか~!
あくまでこれは私の想像だけれど、そして、きっと医師にこれを話したら「今頃やっと気づいたの?」と言われそうだけど(笑)

今までずっと「左上大静脈」については医師が何も言わないので私もあまり気にしてこなかった。
グレンでつなぐ血管が1本増えるだけ、ぐらいにしか思っていなかった。
でも実はとてもやっかいなヤツだったのだ。

あなどりがたし、左上大静脈遺残!(;゚∀゚)=3ハァハァ

18 : 57 : 56 | 闘病&成長記録 | トラックバック(0) | コメント(1) | page top
ICUからHCUへ
2006 / 12 / 18 ( Mon )
生後3か月と16日目。グレン手術後5日目。

朝ICUに面会に行くと、いつものベッドではなく移動用のベッドに寝かされていた。
ドレーンは全て取れ、Aライン(動脈ライン 血圧の計測と採血のためのライン)も取れた。
やった!HCUへ転棟だ♪

しかし、喜んでばかりではいられなくなった。
昨日500mlだったミルク制限が、体重の増加が激しいせいで厳しくなり、
再び300mlに。
しかも、それが決まったのが今朝で、夜中は担当の看護師さんが、
今日も500飲めるだろうという予想で、朝10時の時点ですでに合計180ml飲ませているとのこと。
つまり、今日という日はあと14時間もあるのに、残り120mlしか飲めない計算なのだ。
そ、それはペース配分が難しすぎるぞ。
120なんて、本当は1回で飲んでしまう量だし

けんちゃんの顔を覗き込むと、今日もお約束のトリクロのにおいがした。
きっと泣いて泣いて看護師さんたちを困らせていたんだろうな。

執刀医のA医師がやって来た。
「体重が増えてしまったので、ミルクの量を減らさないといけなくなりました。本当は好きなだけ飲ませてあげたいんですけどね、術後はそれはダメなので。御了承ください」とのこと。
そして、午後にHCUに戻ることを告げられた。
「よくがんばった」と言って、けんちゃんの頭をなでてくれた。

午後1時過ぎにHCUの赤ちゃん部屋へ戻った。
「けんちゃん、おかえりなさい!がんばったね~」とHCUの看護師さんたちに迎えてもらった。
しかし、本人は喉が渇いて、お腹が空いて、もう不満たらたら。
解凍した母乳を40ml飲ませて、なんとか寝かし「あと残り80ですから」と言って、けんちゃんが寝ているスキに逃げるようにして病院をあとにした(笑)


16 : 40 : 47 | 闘病&成長記録 | トラックバック(0) | コメント(0) | page top
水分制限500mlに
2006 / 12 / 17 ( Sun )
生後3か月と15日目。グレン手術後4日目。

ミルクが再開されたので、自宅で搾乳して冷凍していた母乳パックを持っていった。
ミルク制限は昨日より200増えて1日500mlに。

眠っているけんちゃんの顔を覗き込むと甘~いにおいがした。
「トリクロ飲ませました?」と看護師に聞くと
「そうなんです、水分制限がきつくてなかなかぐっすり眠れないようなので」とのこと。
「トリクロ」とは「トリクロリール」という催眠鎮静剤。
オレンジ色の水薬で、心エコーなどじっとしていてもらいたい検査のときにもこの薬が用いられる。

鼻に入れていた胆汁を取るためのチューブとおしっこのカテーテルが取れた。
点滴は、プレセデックス(鎮静剤)、ヘパリン(血液凝固阻止剤)、ミリスロール(ニトログリセリン製剤、血管拡張剤)にラシックス(利尿剤)が加わった。
昨日より体重が増えているためとのこと。

サチュレーションは70~75%。
泣くと58%ぐらいまでストンと落ちるので、モニターを見ながらどきどきしてしまう。

けんちゃん、がんばれ!
11 : 37 : 25 | 闘病&成長記録 | トラックバック(0) | コメント(0) | page top
一酸化窒素吸入療法
2006 / 12 / 16 ( Sat )
一酸化窒素吸入療法とは、肺の動脈を拡張する目的で行われる治療法。
肺の循環が悪く、人工呼吸器等による集中治療でも改善が見られない場合に、救急救命療法として行われている。

心臓血管外科領域では、術後の肺高血圧症や術後の呼吸不全の治療だけでなくさまざまな病態に対して一酸化窒素吸入療法がきわめて有効な場合が多い。
その一方で、肺循環不全の患者全てに有効であるわけではない。


【一酸化窒素吸入療法の特徴】
一酸化窒素(NO)は気体のため、換気のよい肺胞の血管を拡張する。
これがほかの血管拡張剤との大きなちがいで、全身の血管に作用してしまう血管拡張剤に対し、NOは肺にのみ作用する。
つまり、全身の血圧を下げることなく肺動脈圧のみを下げることが可能

気道から肺に直接到達するため即効性のある療法。

肺の動脈を拡張して肺循環をスムーズにすることによって血中酸素濃度が改善される。


【副作用】
メトヘモグロビン血症(血中のメトヘモグロビンが増加すると低酸素血症や循環器不全を悪化させるおそれがある  詳しくはこちら→click!
二酸化窒素の発生(体内の水分と反応して肺水腫の原因となるおそれがある)

通常の吸入濃度では重篤な副作用が起こる可能性は非常に少ないとされている。
NOは血管内に入ると直ちにヘモグロビンと反応して不活化されるため、他の臓器への影響がない。
吸入酸素との結合による二酸化窒素の発生も微量で、人体への影響はほとんど無い。

一酸化窒素(NO)とは、窒素酸化物のひとつ。
窒素酸化物といえば、光化学スモッグのノックス(NOx)が有名。
「NO=毒ガス」というイメージがあるのもこのためだが、この療法に用いる微量濃度では毒性は無いに等しい。


【吸入方法】
基本的には、人工呼吸器の供給ガスにNOを混入する方法(プレミキシング方式)と人工呼吸器の吸気回路の途中につけて吸入する方法(サイドストリーム方式)の2つの方法が主に用いられている。
(けんちゃんの場合は後者)

一酸化窒素吸入療法において最も危惧される二酸化窒素の発生を抑えるために、NOの濃度は40ppm以下が薦められている。
アメリカのOSHA基準に準拠すれば、吸気中の二酸化窒素濃度を2ppm以下に抑えなければならない。

通常は20ppmで効果を判定し、徐々に濃度を下げていくという手法が用いられている。
急激にNOの吸入をストップすると肺血管抵抗が増加したり低酸素血症を引き起こす恐れがある(リバウンド現象)。
これを予防するために、NOの濃度を小さい下げ幅で徐々に下げ、低い濃度から吸入を中止する、中止する際には一時的に吸入酸素濃度を上げるなどの対処が必要。
痰の吸引作業のためにNO投与を一時的に中断する場合にも起こりうるので注意が必要。

吸入濃度と有害物質を機器で持続的に測定・監視し、改善が見られた場合には速やかに吸入濃度を減らし中止する。


【一酸化窒素吸入療法の歴史】
1980年に発見された「血流調整因子」である「EDRF(endothelium derived relaxing factor:内皮細胞由来弛緩因子)」の主要物質が一酸化窒素(NO:nitric oxide)であることが判明したのが1987年。
それを機に、生体内のさまざまな部分でNOが重要であることが急速に明らかにされてきた。
1991年に肺高血圧のヒツジを対象とした実験でNO吸入が選択的に肺血管を拡張する作用のあることが証明され、NOを治療に利用する「一酸化窒素吸入療法」の臨床応用が開始された。
国内でも1993年頃から各施設で臨床応用が試みられてきた。

日本では医療用ガスとして認められていないため、保険外の自費治療となる。
(お世話になっている病院は「3万円」と言われました。
すぐにやめても、ずっと使い続けても、量にかかわらず1回3万円とのこと)


けんちゃんの場合
2006.12.13 18:00から 20ppm 吸入開始
2006.12.14  9:00から 15ppm に減らす
        12:00から 10ppm に減らす
2006.12.15  9:00から 2ppm に減らす
        13:00から吸入中止 
副作用はありませんでした。


参考資料:『一酸化窒素吸入療法』公文啓二編著 メディカルレビュー社
20 : 40 : 24 | 病気の説明 | トラックバック(0) | コメント(1) | page top
人工呼吸器抜管!
2006 / 12 / 16 ( Sat )
生後3か月と14日目。グレン手術後3日目。

朝、いつものようにICUに入って、けんちゃんのベッドがある一番奥のブースまで行って驚いた。
「えっ?本当にけんちゃん!?」と思って、二歩下がってベッドの番号と名前を確認してしまったほど(笑)
昨日と全然ちがうっ!
悪い方向ではなく、良い方向に。



人工呼吸器が取れて、酸素カニューラになっている(毎分2リットル)。
左首に入れていたCVP(中心静脈圧)を測るためのカテーテルも取れた。
点滴の数も減った。
目を覚まして看護師さんに哺乳瓶でミルクをもらっている!
顔色もいい!!

呆然としている私に、看護師さんが笑って「A先生とK先生の『スパルタ療法』が効きましたね~」と言った。
そうそう、昨日A医師が「息できるならしてみろ」って言っていたあれ。
まさかこんなに劇的によくなるとは思っていなかったから、驚きと嬉しさで泣きそうになった。

点滴は、DOAとコアテック(強心剤)が取れて、プレセデックス(鎮静剤)、ヘパリン(血液凝固阻止剤)、ミリスロール(ニトログリセリン製剤、血管拡張剤)に。

水分制限があるので、ミルクは1日300mlまで。
お昼過ぎのミルクの時間には、私が抱っこして哺乳瓶で50ml飲ませた。
けんちゃんはイッキに飲み干して、「足りないよ!もうおしまいかよっ!」というかんじでグズグズ言っていた。

排便があり、お腹が動いているのが確認されたら、鼻に入れているチューブも取れるとのこと。
経口で哺乳できる子でも術後なぜこのチューブを鼻に入れるかというと、おなかが動かない状態だと胆汁が胃に流れ込んでくるので、それを胃まで通しているこのチューブで引いて外に出すためなんだとか。
なるほど、だからこのチューブは黄色いような緑色のような色をしていたのか。
明日には取れているといいな。

ミルクの量も明日はもうちょっと増えるかな?
10 : 57 : 43 | 闘病&成長記録 | トラックバック(0) | コメント(0) | page top
| ホーム | 次のページ>>
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。