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停電
2008 / 07 / 30 ( Wed )
昨日のこと
朝から掃除・洗濯をあわただしくこなし、お買い物へ出たのが10時半ごろ。
「おかしいな、今日はこのままいいお天気?アノ人が来るのに」と思っていたら案の定、帰宅してお昼ご飯を作り始める頃には外が暗くなってきて遠くで雷がゴロゴロ・・・と。
「あぁ、やっぱり」なんて、妙に納得したりして。

「アノ人」とは、義理の母のこと。
これがね、もう「世が世なら、この人は絶対『神』としてあがめられていただろう」と誰しもが認めるほどの雨女
遠出する日や大事な用事がある日は必ず雨!
だから、京都からはるばる我が家へやってくる日も必ず妙なお天気になるのです。

テレビを観ていたらニュース速報で「東海道新幹線は現在激しい雷雨の影響で品川~小田原間、上下線とも運転見合わせ中」と出た。
このときちょうど義母は新幹線乗車中だった。
30分ほど止まっていたらしい。
すごい人だまったく(笑)
結局我が家の近辺は雷だけで雨は全く降らなかったんだけどね。

病院のお友達から聞いた話だと、お昼頃「バン!」という音とともに停電(院内全体だったのか外来待合だけだったのかは不明)して、停電自体はすぐに復旧したらしいけど、その後もパソコンはシステムダウンしたままで外来の受付やらお会計やらが大変なことになっていたそうな。
病院のほうは雨もすごかったらしいから、雷が落ちたのかな?
ごめんなさい、うちの義母のせいです^^;

昨日は火曜日。
心臓外科のオペ日。
停電したときも人工心肺を回してオペしていたんだろうか。
以前聞いた話によると、「オペ中の停電で一番怖いのが手元が暗くなること。でも人工心肺は手動で回せるし予備電源もあるから大丈夫」ってことだけど、その時間、心臓外科に限らずオペ中だった患者さんの関係者の方々はどんなに不安だったことだろう。

もし我が家が停電になったら、酸素濃縮装置が動かなくなるからボンベにつなぎかえないといけなくなる。
怖いねぇ、停電・・・

お兄ちゃん・お姉ちゃんは木曜日に義母に連れられて京都へ行きます。
つまり、お義母さんはわざわざ二人を迎えに来てくれたってわけ。感謝感謝。
神がかっているほどの雨女の孫(お兄ちゃん&けんちゃん)が超晴れ男っていうのもおかしいよね。
木曜日のお天気はどうなるかしら?(* ̄m ̄)
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酸素運搬用バギー
2008 / 07 / 29 ( Tue )


ご家庭に女の子がいらっしゃる方だったら、こういうお人形さん用のベビーカーの存在を御存知だと思う。
たまに、道端でお人形を乗せて押していてる女の子もいたりする♪

これはもともとお姉ちゃんが遊んでいたものなんだけど、うちのお姉ちゃんはあまりお人形遊びに興味がなくて、ずっと折りたたんで押入れの奥のほうにしまいっぱなしになっていた。
(じゃあお姉ちゃんはいつも何をして遊んでいるかというと、お絵かきしているか、庭でダンゴムシをいじめているか、お兄ちゃんとポケモンごっこをしているか^^;)
遊ばないならもう捨てちゃおうぜ!と思って押入れから引っ張り出し、試しに広げてみたら、けんちゃんが喜んで押し始めた(笑)
そういうことなら、お外で遊ぶときは自分で酸素ボンベを運んでもらおうじゃないの、と思いついてシートを作ったのがこれ。

もともとの付属のシートはぺらっぺらの布一枚で(お人形用だからそれで十分)それにボンベを乗せたらすぐに破けてしまいそうだし、安全性もイマイチっぽいから、丈夫でクッション性も高いキルティングでしっかりボンベを囲えるようなシートを作ってみました。

このキルティング、実はベビー布団用の敷きパッド(プーさん柄)。
「何かに使えそう」と思って置いておいた甲斐があった!
かなり分厚かったから16番のミシン針で縫ったんだけど、針の太さよりもミシンの馬力のほうに問題があって壊れるんじゃないかとヒヤヒヤした(笑)

使うたびに改良を重ねて、現在は左側のようにベルト2本になっています。
いまのところ喜んで押して歩き回っているけど、そのうち飽きちゃうかな~^^;
それよりも、車軸が折れるのが先かな。
もともと人形用だから重たいものを乗せられる設計ではないし、本物のベビーカーとはちがって前輪が回転しないから、曲がるときに強引にグイっと曲がっているので。

まぁそれでも、どうせ処分するつもりだったから、壊れるまで楽しめればそれでよしとしなきゃね。
酸素業者がこういう子供用の酸素カートを作ってレンタルしてくれたらいいんだけど、まずそれはないよね。。。
なんせ、ボンベを入れるバッグだってこんな愛想ナシのデザインしかないんだから。

せっかくだから、ボンベのバッグもかわいいやつを手作りしちゃうか!?
とも思ったんだけど、このバッグと同様のクッション性(使用されている方は御存知だと思うけど、このバッグの中はボンベをしっかり包み込んで衝撃をやわらげるような仕組みになっている)を持たせるためにはまたかなーり厚くキルティングを重ねるか、分厚いキルト芯を使わねばならず、今度こそミシンが壊れるかも(笑)

普通の布バッグに入れちゃってる人もいるけど、一度ボンベをコンクリートに落として怖い経験をしたことがあるから、私はクッション重視なのです。
それはお店の駐車場でのこと。
ボンベをこのバッグに入れてはいたんだけど、きっちりバッグのフタ(?)を止めていなくて、けんちゃんを車からベビーカーに移し、ボンベのバッグを持ち上げようとしたら、それが底のほうを持ってしまったらしく(地下駐車場だったので暗くてよく見えなかった)、ゴロンとボンベだけが飛び出して駐車場のコンクリートへ落下。
そしたら、打ち所が悪くてバルブのところが変になって酸素がブシューッ!!と噴き出してしまい、もう爆発しちゃうんじゃないかと(たぶんしないだろうけど)激しく焦ったことがあるのです。あぶねーあぶねー。
車の床からだから、30センチぐらい(?)の高さから落ちてそんなことになってしまったので、たとえばペラペラの布製のバッグに入れて肩からかけていて、それが何かの拍子に硬い場所に落下したら?と想像すると、そんなチャレンジはできません。
そんなマヌケなことするのは私だけかもしれないけれど^^;

バッグの内側にフリースのひざ掛けなんんかをうまく利用してくるむようにすれば、作れないことはない(分厚い部分はぬいぐるみ作成用の長くて太い針で手縫い?)と思いつつ、何もそこまでする必要ないだろ、もう少しで酸素卒業するかもしれないんだし、とか
でもしっかりしたかわいいバッグを作ったら、けんちゃんが使わなくなったときにまだ酸素を続けているお仲間にプレゼントできるかもよ?喜んでもらえるかもよ?とか
でも誰かにあげるかもしれないんだったら適当に作れないじゃん、とか
あんた結局、作りたいのか作りたくないのかどっちなのさ!というような葛藤を日々繰り返しています(笑)

でもハンドメイドって、作ろうか作るまいか、作るとしたらどんなデザインにしてどう作ろうかって考えているときが一番楽しいんだよね♪

楽天で見つけたやつ
 ビューエルン社 乳母車 赤
お値段は高いけど、しっかりしてそう

02 : 04 : 44 | お役立ちグッズ | トラックバック(0) | コメント(4) | page top
術後の在院日数
2008 / 07 / 26 ( Sat )
前にもチラっと書いたことがあるけれど、けんちゃんがお世話になっている病院の心臓外科は、手術から退院までがやたらと早い。

心房中隔欠損の閉鎖術だと3日目、心室中隔欠損の閉鎖術だと4日目、ファローの根治術やグレン手術は5日目に退院するのが一般的。
これはほかの医療機関と比較すると2分の1~3分の1の在院日数。
術後の状態が良好だとICUに1泊するだけで病棟に戻ってくるし、簡単な手術だとICUには全く入らずにオペ室から直接病棟に戻ってくる。

フォンタン手術では3分の2の子が10日前後で退院する。
この春最短記録をぬり替えた子がいて、術後7日で退院していったらしい。スゲー!
ちなみにけんちゃんは術後23日目に退院した。
(感染とか乳び胸とかいろいろあったからね^^;)
最長記録は6週間だとか。
けんちゃんのフォンタンのときに「ずいぶん長く入院しちゃったな」と思ったけれど、きっとほかの病院ではこれぐらい普通なのだろうね。
心房中隔欠損の閉鎖術で2週間入院っていうのが普通の病院もあるみたいだし。
(それはそれで理由があって、創部感染の有無をしっかり確かめてから退院したほうがいいという考え方もあるようだから、短けりゃいいってものではもちろんないということを断っておきたい)

5年前、外科部長のA医師(執刀医)がいらしてから在院日数がぐーんと短縮されたらしい。
今では「入院日数においては日本はもとより世界でもトップクラス」の早さで、質の高い技術・手術時間の短縮・術後管理の良さがこの短い在院日数を支えているんだとか。

うちの病院は完全看護で、親の付き添い入院は基本的には無い。
さらに術後短期間で退院できる、という点が何より助かっている。

それでもおばあちゃんの助けは必要なんだけど、けんちゃんの入院中は、毎朝お姉ちゃんと手をつないでおしゃべりしながらのんびり歩いて幼稚園に送っていって、その足で病院へ面会に行き、半日すごして、上の子ふたりが寝るまでには帰るようにして、その日のけんちゃんの状況を説明して(お兄ちゃんが毎日「今日のけんちゃんどうだった?」と聞いてくるので、わかりやすく説明するようにしていた)「おやすみ」を言ってあげる。
グレン手術のときはお風呂に間に合うように帰っていたんだけど、フォンタンでは月齢的に難しいお年頃だったので、夜けんちゃんが寝付くまで付き添うことにしていた。

毎日上の子たちと顔をあわせることができ、こういう生活をさほど長く続けなくて済む。
それが何よりありがたい。A先生、ありがとう!!


で、なぜ突然こんなことを書いたというと、昨日図書館で読んだ本にA医師が紹介されていて、この在院日数のことが書かれていたから。
ちなみに、A医師の考える「名医の条件」とは
引き出しが広く、患者さん個々の状況に応じた適切な治療を選択でき、それを可能にするスタッフ・ハード面などの環境を整えられる。自信を持って治療を完遂し過信しない。患者さんに忍耐を求める治療に理解と協力を得られること」だと書いてあった。
A医師らしいと思った。

さらに、そんなA医師からのアドバイス
インターネットなどで情報は簡単に手に入りますが、病名は同じでも病態はみんな違います。勉強することも大事ですが、専門家に意見を聞くことが非常に重要だと思います」とのこと。

そうだよね~。
私もいつもさんざんネットで調べた挙句、よくわからない&余計不安になって結局先生を質問攻めにするパターン^^;
でも、入手した情報をそのまま鵜呑みにしてモヤモヤするよりは、きちんと専門家に聞いたり相談してすっきりしたほうがいいと思うからそうしている。
そして今でも、ほかの医師ではなく、執刀医のA医師に聞きたいことがたくさんある。
A医師は私の言いたいこと・聞きたいことを正確に理解してくれて、とても的確な答えを返してくれるから。
「それよ、それが聞きたかったのよ!」ってかんじの。
でもお会いする機会がないんだよね。
メールアドレスなら教えてもらっているけれど、そこまでするほどの質問でもないし・・・
外来に行ったときに病院内で見かけたら呼び止めて聞こう!と思っていても、見かけないし(だって火曜日はオペの日だから)。
4月の外来でホントに偶然お会いしたときに
「A先生、子だくさんって噂は本当ですか?」なんていうくだらない質問しないで、もっとまともなこと聞いておけばよかった(笑)


出典
『最新版 迷ったときの医者選び』(角川SSコミュニケーションズ)
02 : 26 : 31 | 手術のこと | トラックバック(0) | コメント(8) | page top
「よい子」じゃなくていいんだよ
2008 / 07 / 25 ( Fri )
きょうだいたちの気持ちに関する本をまた読んでみた。

『「よい子」じゃなくていいんだよ』
(戸田竜也/新読書社)
『オレは世界で二番目か?』
(広川律子・編/クリエイツかもがわ)

もうタイトルを見ただけで心が痛む^^;
でもここで目をそむけてはならないぞ!という意気込みで読んだ。
大げさだけれど、親として後ろめたい気持ちがある以上、こういったきょうだいたちの本音が語られている本を読むにはそれなりの覚悟が必要なのだ。
これがもし、今の自分がそういう立場(病児と健常児を一緒に育てているということ)でなかったら「ふーん、大変ね~」ぐらいの軽い気持ちで「他人事」として読めちゃうんだろうけど。

2冊とも、主に10代後半~すでに成人しているきょうだいたちの思いが紹介されているから、「あのときはこう思っていた」というような回想録、そしてこれから先の不安などが綴られている。

ひとくちに「障害」といっても病気はさまざまで、全面的な介護が常に必要な場合だったり、知的な障害だったり、その状況によって変わってはくるのだけれど、共通しているのは
病児のきょうだいたちは親の気持ちを先回りして受け取って「いい子」であり続けようと自分自身を束縛している子が多い

ということ。
たとえば、「家を出たいと思っているけどたぶん親はそうしてほしくないだろうな」とか「『あなたの人生なんだから好きにしなさい』と言っているけど、将来(親がなくなったあと)は面倒みてあげてねと期待されているんだろうな」とか。

親が本人に「将来はお願いね」と言う例も多いようだし、大学4年間だけは地元から離れていいけれど就職では必ず戻ってくるようにという約束をすることも多いらしい。
ただこれは障害を持った子供がいる家庭に限ったことではなく、一般家庭でもありがちなことではあるけれど。(「お墓を継げ」とかね・・・)
まだ若いうちに親からこう言われる子たちは
「そんなことぐらいわかってる。わざわざ何度も呪文のように唱えてプレッシャーかけないでよ!私だってそれなりに将来のこと考えているし、病気のきょうだいを見放したりするわけないじゃないの」と思うらしい。
そりゃそうだ。

あとは結婚問題。
相手や相手の親に「病気のきょうだいがいる」ということをいつ切り出すか、どう話すか・・・。
そのせいで破談になるんじゃないか。
「子供に遺伝する」とか、イヤなことを言われるんじゃないか。

病児のきょうだいたちは、子供のうちは辛抱と孤独を強いられ、成人してからはこれからの自分の人生と病気のきょうだいの今後の問題という、様々な不安・プレッシャーを抱えながら生きている。

「よい子」のままで大人になる人もいれば、どこかで(たいていは思春期で)その糸がプツンと切れてしまう人、心の負担に関しても「たいしてツライと思わなかった」という人と「ずっと辛抱ばかりして相談する人もいなくて辛かった」という人まで、感じ方は様々。
幸いなのは、多くのきょうだいたちが「子どもの頃、病気のきょうだいのことを友達からからかわれたり家族揃って出かけることが少なかったり、いろいろ辛いこともあったけど、大人になって振り返ってみるとそんなに悪いことばかりではなかったし、これから先も自分の生活も大切にしつつ病気のきょうだいの面倒もみていきたい」ととても前向きに生活しているということ。

私もいつか言っちゃいそうだな、お兄ちゃんとお姉ちゃんに「けんちゃんのこと、よろしくね」って。
だって「きょうだい」なんだもん、仲良く助け合って生きていって欲しいと思うのは、たとえけんちゃんが病気でなかったとしても願っただろうと思う。
でもたしかに、わざわざ親が言わなくってもいいことなのかな。
将来、けんちゃんが健康な人とかわならいぐらい元気に仕事して、自立して生きていってくれていたらいいんだけど。。。
(いや、そんなことよりも自分自身が子供の世話にならずに済むように老後をいかに健康に過ごすか考えたほうがいいのか?)

先日、私と同年代でフォンタンハートで生活している男性のブログをたまたま見つけたのだけれど、2児のパパさんらしい。
心臓のほうはたまに悪さをするみたいだけど、それでも奥様とお子様と一緒に御家族で仲良く暮らしている様子が綴られていた。
励みになった。

またお兄ちゃんに聞いてみた。
「お友達からけんちゃんのこと聞かれたことある?」
「うん、あるよ。『鼻に何付けてるの?』って」
「そういうときは何て答えるの?」
「心臓病で酸素を吸ってるんだって答えてる。そしたらそれを言いふらした友達がいて、知らない子から『おまえの弟、心臓病なんだって?』って聞かれたこともあるよ。『そうだよ』って答えておいた」
「そう言われてイヤだった?」
「うーん、べつに・・・わかんない」とのことだった。


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夏休み
2008 / 07 / 20 ( Sun )
お兄ちゃんの小学校は金曜日まで、お姉ちゃんの幼稚園は昨晩盛大な打ち上げ花火の上がる恒例の盆踊り大会が開催されて今日から、それぞれ夏休み突入でございます。
昨晩の打ち上げ花火は、あまりの距離の近さ(花火師さんたちがいる打ち上げ地点から見物地点まで100メートルぐらいしか離れていない)に驚いてずっと泣いていたけんちゃん(昨年はその大音量の中、ぐっすり寝ていたんだけど)
しかも今年は40周年記念ということで、とっても豪華な花火だった。
心臓に悪かったかしら^^;



お天気のいい暑い日は毎日お庭でプールです。
けんちゃんは、プールに入るよりも、プールの外側で水遊びをするほうが好きみたい。
柄杓でプールの水をせっせとくみ出して、外にザバーッ。
お兄ちゃんに「もうっ!プールの水がなくなっちゃうじゃないか!」と怒られてもこの笑顔で嬉しそうです(笑)


お外でしばらく遊んだあとは、クーラーのきいたお部屋でグッスリお昼寝。

なんだか「普通の子供」っぽいじゃないのー!と嬉しい私なのでした。
14 : 01 : 10 | 闘病&成長記録 | トラックバック(0) | コメント(10) | page top
DPT 追加接種
2008 / 07 / 18 ( Fri )
1歳10ヶ月(フォンタン手術後4ヶ月)

フォンタン手術の際に輸血(200ml)してから4ヶ月半、予防接種も解禁となったので、DPT(三種混合)?期の追加接種を受けてきた。
DPTは接種後1週間で別の予防接種が受けられるから、またすぐ今度は「おたふくかぜ」の予防接種を受ける予定。
そのときについでに、お姉ちゃんもMRの第?期の接種を受ける予定。

そして、私もおたふくかぜの予防接種を受ける予定。
実は私、おたふくかぜの抗体を持っていないのです^^;

子どもの頃、兄がかかったときも妹がかかったときにもうつらなくて、ずっと気にはなっていたんだけど、それをお兄ちゃんの妊娠中にかかりつけの産婦人科医にチラっと「心配なんですけど」と言ったら「今まで普通に集団生活を送ってきて、おまけにごきょうだいが発病したにもかかわらずかからなかったということは、感染したけど発病しないまま抗体ができたか、気づかないぐらいのごく軽い症状で済んだかのどちらかで、抗体がないというのは考えられませんよ」と笑い飛ばされたから、私も「そうなんだ~」と思っていた。
その一方で、ごく稀に大人になってから水疱瘡とかおたふくかぜを発病して大変な目にあった人の噂を聞いたりするから、いつか機会があったら調べようと思っていた。

その機会が訪れたのが2年前のけんちゃんの妊娠中。
管理入院中、様々な検査を受ける中で主治医から「ほかに気になっていることなどがあれば一緒に調べますが?」と言われ、「じゃあ、おたふくかぜの抗体があるかどうか調べてください」とお願いして調べてもらったら、「抗体がゼロではないけど、ほぼ抗体が無いのと一緒」という結果が出たΣ( ̄□ ̄;)

えー!ほんとー!?とビックリ。
産科の主治医のS医師に「じゃあ今までおたふくかぜに感染しなかったのは、単に運がよかったってことですか!?」と聞いたら
「・・・まぁ、そういうことになるんでしょうねぇ。あとはよほど抵抗力があるってことなのか(苦笑)」と言われた。
当時は妊娠中であったために予防接種は受けられず、「産後に御近所のかかりつけの内科の先生と相談して、予防接種をうけてください」と言われた。
そして産後、新生児科でけんちゃんの主治医だったT医師に「私、予防接種受けたほうがいいですよね?今すぐに」と言ったら
T医師には「うーーん・・・いまさらだと思いますけどねー。今までかからなかったんでしょう?じゃあ大丈夫なんじゃないですか?」と首をかしげられた(笑)
けんちゃんが循環器のほうにうつり、今の主治医であるY医師にまた同じことを聞いてみたら
「ICUとかHCU病棟は生ワクチンを接種して2週間は病棟に入れないことになっているんです。今お母さんがおたふくかぜの予防接種を受けると2週間面会に来られないことになりますけど、どうします?」と言われた。
(ごくごく稀ではあるが、生ワクチン接種後に軽く発症して、それが感染源になることがあるため。特にICUやHCUは抵抗力の弱った子もたくさんいるから)
うーん、それは困る!というわけで、手術や入院の可能性がある期間は受けることができず、じゃあいずれフォンタン手術が終了してけんちゃんがおたふくかぜの予防接種を受けるときがきたら一緒に受けよう!それまでは自分自身の健康管理にも気をつかって病気をよせつけないようにしよう!という結論に達したのであった。

抗体を持っていないとわかってからの2年間、「小学校でおたふくかぜが流行っている」なんていう噂を聞くたびにビクビクしていた私(笑)
もっと早く検査して、けんちゃんを妊娠する前に予防接種を受けておけばよかったと、どれだけ後悔したことか・・・
あと1週間したらようやくその恐怖から開放されるわ~♪

16 : 38 : 59 | 闘病&成長記録 | トラックバック(0) | コメント(2) | page top
きょうだいの気持ち
2008 / 07 / 16 ( Wed )
以前予告していた図書館から借りて読んだ本

・『おにいちゃんが病気になったその日から』(佐川奈津子/小学館)
・『そして、カエルはとぶ』(広瀬寿子/国土社)
・『Dear.Brother & Sister ~障がい児のきょうだいたちのホントの気持ち』
 (田中弘美/障害を持つ子どもの父母のネットワーク愛知)
・『子どもが病気になったとき 家族が抱く50の不安』(池田文子/春秋社)

母親としては、なんともいたたまれなくなる内容だった。
反省する点が多々アリ。

「お父さんとお母さんを取られた!自分だってお母さんをひとりじめしたい」という寂しさと、「そんなことを思う自分は悪い子だ、元気な自分がガマンしなくちゃいけないんだ」という自責の念。
きょうだいの病気や今どんな状況なのかを詳しく説明してもらえない苛立ちと不安。
そういった複雑な思いを抱えながらも、「平気だよ」と周囲の人にも自分自身にもウソをついているきょうだいたち。

本を読んで学んだのは、
寂しいときには「寂しい」と言っていいんだと、ワガママなことだって言ってもいい環境にしてあげることが大事だということ。
もちろん、ワガママをその通りに実行してあげることは不可能な場合が多いんだけど、言うだけは言わせてあげる、そこで「そんなこと言うんもんじゃない!」とワガママを言うこと自体を「悪」とするのではなく、それがその子が「こんなにも寂しいんだよ、不安なんだよ」というサインを出しているのだと理解して、その思いに共感してねぎらってあげること。

「あなたは元気なんだからいいでしょう」ではなく「あなたが元気でいてくれるからこそ、お母さんも頑張れるのよ、ありがとう」と、きょうだいが健康であることを言葉に出して感謝すること。

入院や手術のときには、きょうだいの年齢に応じてきちんと説明して、入院中の経過も話すこと。
忙しかったり疲れていたりしても、「どうだった?」「どうしてる?」と聞かれたら「どうせわからないから」で済ませるのではなく、わかりやすい言葉でできるかぎりの説明をして、「蚊帳の外」にはしないこと。

病児にかける「よく頑張ったね、えらいよ」という言葉をきょうだいにもかけること。

「あなたのこともいつも気にかけているんだよ」という気持ちをきちんと言葉や態度で示すことが大事なのだね。
そして、この程度できょうだいの胸のうちをわかった気にならないこと。

今また別の本を予約中。
それを読んだらまた少し認識がかわるかもしれないので、またレポートします。

8歳のお兄ちゃんと5歳のお姉ちゃんに
「けんちゃんに初めて会ったとき、どう思った?」とふと聞いてみた。
二人が初めてけんちゃんに会ったのは、生後15日目。
当時お兄ちゃんは6歳、お姉ちゃんはまだ3歳だった。
病棟には入れないので、病棟のガラスのドア越しの面会だった(→click!
けんちゃんは、鼻にチューブを入れて、手はプロスタグランディンの点滴をしていて包帯でぐるぐる巻かれていた。
モニターの導線は、モニタ-から外してコットをガラガラ病棟の出入り口まで押して行ったのだけど、体にはくっつけたままだったから、けんちゃんの様子はかなり物々しかった。
お兄ちゃんはあれこれけんちゃんに声をかけて、初対面をそれなりに喜んでいる様子だったけれど、お姉ちゃんはそんなけんちゃんの姿をうつむき加減にじーっと見て押し黙っているだけだった。

「あのときのこと、覚えてる?」と聞くと、ふたりとも「よく覚えてる」と答えた。
お兄ちゃんは「やっと赤ちゃんに会えて嬉しかった」らしい。
お姉ちゃんは「かわいそうだと思ったのと、こわかった」とポツリと答えた。
「そうだね、あの頃お母さんもこわかった(笑)けんちゃん、どうなっちゃうんだろうって」と言ったら「なんだ、お母さんもこわかったの?」と笑われた。
これから先も「今だから言えるけど」っていうかんじでいいから、子どもたちとの対話を大事にしていきたいと思う。


障害を持った子のきょうだいのことを「きょうだい児」と言うらしい。
なんだか、「障害児」とか「きょうだい児」とか、そういうくくり方をするのもイヤなので、「きょうだい児」という表現はここではあえてしていません。

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家族旅行
2008 / 07 / 13 ( Sun )
フォンタン手術から4ヶ月。
外来の頻度も落ち着いてきたことだし、約1年ぶりに家族で温泉へ♪
けんちゃんにとって2度目の旅行。
くどいようだが、けんちゃんは「晴れ男」。
ここまで晴れなくてもいいだろう、というぐらいのいいお天気で暑かった!

小田急ロマンスカーエクセ
我が家はけんちゃんを含めて全員が「鉄」なので、旅行は必ず鉄道利用でございます。
「けんちゃん、こっち向いて!」といくら呼びかけても、エクセに見とれるばかりでカメラ目線にはなってくれなかった(笑)

酸素は業者さんにあらかじめ宿泊先のホテル名・住所・電話番号・宿泊日を伝えておけばあとはホテルと直接やりとりしてくれて、当日ホテルに到着する頃には部屋に酸素濃縮装置・精製水・カニューラ・延長チューブが用意されている。
(酸素業者によっては、事前に「旅行申込書」に主治医の許可印をもらって提出するという手続きを踏まないと酸素の機械の手配をしてくれないところもあるらしい)

昨年同様、1泊2日の短い旅行。
行き先も自宅からそう遠くないところ(酸素ボンベの関係上)。
それでも今のけんちゃんにはまだこれでちょうどいい感じかな。

こちらの写真を見ていただいたら、子供たちがどれだけ楽しく過ごしたかわかるかと(* ̄m ̄)
お兄ちゃん、目つぶっちゃってるけど(笑)

ホテルの遊び場で酸素を外して遊んでいたんだけど、暑かったこともあり一時間弱遊んだら久しぶりに唇が紫になったけんちゃん^^;
それでも私が抱っこしようとするとイヤがって逃げ回り、自分で歩く!と主張してベビーカーに乗ることも拒否、手をつなぐことすら断固拒否!
とりあえずは酸素をつないで水分補給してすぐにチアノーゼは無くなったんだけど。。。

フォンタン後に酸素していない子でも、動き回るとチアノーゼが出たりすることがあるんだろうか?
それともけんちゃんは、やっぱりまだ酸素を外せない状態だっていうことなのかな・・・?
まだまだ体力ないな~と改めて感じた出来事だった。
それでもこういう風に体をよく動かしているうちに、いつか健康な子に近づくことはできるんだろうか。それとも無理させないほうがいいのか。

先生たちは「本人がしんどいと思ったらその時点でやめるから」と言っていたけど、本当かなぁ?
ホテルの遊び場では、こちらが止めないとぶっ倒れるまで遊び続けそうな勢いだったけど。
夫に「たとえばこれで救急搬送されて、『先生、本人がやめるから大丈夫って言ってたじゃないですか!』ってキレるのはアリなかなぁ?」と聞いたら「いや、たぶん『ヤバイなと思っていたんならなぜやめさせなかったんだ』って怒られるんじゃね?」と言われた(笑)
親がどこまで見守って、どの時点で中断させるか、これから先ますます動くようになってきたら、頻繁に悩むことになるかも。
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点滴対応服を次の方へ
2008 / 07 / 11 ( Fri )
フォンタン手術での入院中に大活躍してくれた点滴用の両肩がガバっと開くようになっているお洋服たち。
万が一の再入院のためにしばらく手元に置いていたんだけど、もう大丈夫かなってことで、引き受け先を探していました。
病棟に寄付しようかとも思ったんだけど、もともと「もう捨ててもいいや!」と思っていたようなコンビ肌着やカバーオールを改良したから、けんちゃんを含めて4~5人着ている「超お下がり」ばかり。
しかも入院中にベッドサイドで手縫いしたものも多くて、耐久性に自信がなくて・・・(面会に大きな裁ちばさみやスナップボタンを留めるための「ハトメ」を毎日持って行っていた私って^^;)
それでも、あとひとりぐらいは着られるんじゃぁ?と思うと、しかもけんちゃんがとても頑張っていたときに着ていたお洋服だと思うと、ポイっと捨てるのも忍びなくて^^;

これからフォンタンを目指す、サイズの合いそうな人に・・・でもいきなり「もらってくれない?」って言うと相手も困るよねぇ・・・と気持ちが行きつ戻りつしながらも、快くもらってくださる方が見つかって、点滴対応服たちは遠方へお嫁入りしていきました♪
(いや、お相手は女の子だから「婿入り」か?)



役に立ってくれるといいな~。

いずれ、きちんと生地を裁って作った新品の「点滴対応服」をお友達にプレゼントできるようになれればいいなと思ってます。
レースやあみぐるみならよく人にあげるんだけど、手作りのお洋服はあげたことないなぁ。好みもあるしねぇ。。。


14 : 44 : 38 | お役立ちグッズ | トラックバック(0) | コメント(4) | page top
外来日
2008 / 07 / 08 ( Tue )
1歳10ヶ月 フォンタン手術後4ヶ月
身長:77.8センチ(+1.6) 体重:8410g(+270)

Y医師の診察は、まず足の親指でサチュレーションを測定して、聴診器で胸と背中の音を聞いて、おなかを触る(肝臓が腫れていないかどうかを確認するためらしい)のが定番。

今日のけんちゃんは、おなかを触られてゲラゲラ笑って身をよじっていた(笑)
「けんちゃん、そんな風に笑えるんだね~」なんて言われてしまったけれど、けんちゃんは本来、大声でゲラゲラ笑う陽気な男なのです。
今まで病院ではその片鱗すら見せていなかったけれど^^;

サチュレーションが酸素0.5リットルで100%!
「酸素どうです?嫌がります?」
「嫌がっていたら外してもいいんですか?( ̄ー ̄)」
「・・・そうですねー、んーと(カルテをめくりながら)9月の上旬にお誕生日?じゃあ、お誕生日過ぎたらカテーテル検査をして、結果が良ければ酸素をはずしましょう」
って、前回の外来と会話の内容が同じですが?(笑)

ワーファリンの効き目を確認するための検査、PT-INRは1.50(トロンボテスト36%)
人工血管を使用したフォンタン後の値としては、ちょうど目安ぴったり。
循環器内科にうつって以来ワーファリンはずっと0.4mgでINRも概ね安定しているので、次回の外来は採血ナシとなった♪
今後は、体重の増加に伴って増量したほうがよさそうなとき・なんだか効いていないんじゃ?と思ったとき(頭ぶつけてもアザができないとか)・効き過ぎてるんじゃ?と思ったとき(アザがたくさんできるとか)・そういや最近全然調べてなかったから一回やっとく?ってとき(笑)に採血するらしい。
何ヶ月おき、という風なきまりは特にないらしい(うちの病院では)。
「人工弁を使用している場合にはもっときちっと管理しないといけないんですが、フォンタン後は『とりあえずワーファリンを飲んでいる』ってことが大事ですから」とのこと。

確認しないと!と思いながらずっと聞きそびれていたこと。
「フォンタン手術のときに輸血していますが、そろそろ予防接種を受けてもいいですか?」
「そうですね、もう4ヶ月たっているのでいいですよ」とのこと。
今月下旬にDPT(三種混合)の追加接種、8月におたふくかぜ、9月に水疱瘡、10月にポリオ、っていう予定でいきたいんだけど、体調崩さずにうまくいくかな~?

もうひとつ、「とびひ」による「感染性心内膜炎」のリスクは?
「とびひの原因菌はたいてい黄色ブドウ球菌。これが血液中に侵入したら当然感染性心内膜炎になる恐れがあるけれど、可能性としては低いです。
永久歯の抜歯に比べるとうんと低いです。
要はとびひの程度によるんですよね。ひどいとびひだとリスクも多少高くなります。『程度』といっても判断が難しいでしょうけど。
とびひにかかったときに、症状がどんどんひどくなっていったり広がり続けたりして心配だったら連絡ください」
とのこと。

Y医師から「ところで、もう1歳10ヶ月ですけど歩けるようになりました?」と聞かれた。
「えぇ、歩き回っています。といっても、酸素がジャマで歩ける範囲がとても狭いですけど」
「おしゃべりはします?」と聞かれた。
「声は出しますけど、単語はまだ何も」
(アンパンマンを指差して「あーん」と言うことはあるけれど、バイキンマンのことも「あーん」だから、なんだかビミョー^^;)
何て言われるだろう?と思って待っていたけれど、Y医師は無言でカルテに何やら書き込んだだけだった。

利尿剤(ラシックス・アルダクトンA)を今まで1日に朝夕2回飲んでいたんだけど、それが1回になった。1回に飲む量は今までと同じ。つまり、1日のトータル量が半分になった。
調剤薬局のほうで薬剤師さんから
「利尿剤に混ぜる乳糖の量が変更になりました。通常、この量の利尿剤(ラシックスが1回0.05g、アルダクトンAが1回0.02g)を1日2回の服用だと乳糖とあわせた量を1日0.5gにするんです。
(つまり今までは1包につき、ラシックス0.05+アルダクトンA0.02+乳糖0.18=0.25gを1日2回飲んでいたということ)
これが1日1回の服用ですと、乳糖とあわせた量を0.2gにします。
(1包につき、ラシックス0.05+アルダクトンA0.02+乳糖0.13=0.2g)
つまり今までとは1包に入っている全体量が若干違うので『あれ?量が減ってる?』と思われるかもしれませんが、お薬の量自体は変わらないので御安心ください」と丁寧に説明してもらった。
お薬に混ぜる乳糖の量にも細かい決め事があるのだということをはじめて知った。 

次回の外来はまた4週間後。夏休み中だね~。

今日、病院で外来患者を対象としたアンケート調査を実施していたから回答しておいた。
検査の待ち時間とかお会計の待ち時間とか、医師・看護師・事務員の印象とか、設備の満足度など。
自由記入欄に
「売店が小さすぎる。食堂が古い。調剤薬局までの近道を作ってほしい」と書いておいた(笑)
帰宅してから「有料でもいいから患者のきょうだいの託児(時間・実施日・対象年齢)を拡充してほしい」と書き忘れたことに気づいた。
アンケートを受け取ったときにまっさきに浮かんだのがこれだったのに、どうして書き忘れちゃったんだろう・・・11日まで実施しているみたいなので、誰か書いておいてください(* ̄m ̄)
16 : 44 : 09 | 闘病&成長記録 | トラックバック(0) | コメント(6) | page top
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